(163件)

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佐野市寺中町2337
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市戸室町627
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市植下町(堀田佐野城址公園 西側)
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
堀田佐野藩は、江戸時代後期、植野に城館を構えていた。城館は、東西540m、南北360m、周囲約1.8kmといわれる。伝えられる城郭図は、1833年の様子を示すもので、周囲に掘や土塁をめぐらしている。現在、城跡の中央付近に明治25年に建てられた佐野城墟碑がある。
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佐野市上台町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市奈良渕町148他
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市犬伏下町2285
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市石塚町1721
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
創立は詳らかではないが、本殿は天保13年(1842)に再建されたものであり、建物の腰組は龍の丸彫り彫刻が隙間無く組み込まれ、八岐大蛇退治や中国の故事を題材にした胴羽目板や扉部分に施された彫刻は特に見応えがある。大工棟梁は惣宗寺境内にある東照宮を造営した名工、内山山城藤原吉久である。
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佐野市山菅町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市飛駒町2900
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
永台寺の創立は天平年間とされ、仁王門は、安土桃山時代に建立されたと伝えられている。三間一戸八脚門で両脇間を金剛柵で囲い、同時期に造られたとされる仁王像が安置されている。門の天井には雲竜の墨絵、東西の欄間には彩色の松と梅が描かれている。
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佐野市寺中町2337
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
文政9年に植野の地に封ぜられた堀田氏の陣屋表門を、廃藩置県に伴い、堀田家の菩提寺である東光寺に移築したもでのある。装飾も少なく、表門としては簡素な造りであるが、軸組は太く、またバランスのよく取れた江戸時代後期の特色をよく表している。
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佐野市久保町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市鐙塚町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市並木町1185
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
安楽寺の創立は寺伝によると、延暦年間とされ、門と仁王像の墨書より宝永年間の再建とみられる。三間一戸の楼門で正面中央に扉がつき、両脇間には金剛柵出囲み、仁王像が安置される。
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佐野市富士町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市岩崎町1325-1
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
明治44年3月、三好尋常高等小学校としてに竣工した。昭和47年、三好中学校廃校に伴い学校としての役目を終了し、現在は郷土資料保存三好館として活用されている。明治期に建てられた校舎で現存するものは、市内ではここだけであり、当時の様子を知る上で貴重な建造物である。
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〒327-0846 栃木県佐野市若松町425−504
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
天慶3年(940)、藤原の秀郷が平将門討伐を祈願し、この地に春日岡惣宗寺を建立したとされる。その後、慶長7年、唐沢山城主佐野信吉は幕府の命を受けてここに移ったが、慶長19年本領を没収されて改易となり、廃城となる。現在は、城山公園として市民の憩いの場となっている。[公式HP]
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佐野市田沼町1404
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
創建以来幾度か再建されたが、火災によりそれぞれ造営されており、現存する拝殿・弊殿は安政3年(1856)に再建されたものである。
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佐野市小中町1062
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
人丸神社神苑の北側にあり、地下水が湧出し、池となって下方数百ヘクタールの水田を潤す才川の水源となり、地質学上からも間隙性の地下湧泉として貴重である。
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佐野市金井上町2233(惣宗寺)
佐野家の改易に伴い、佐野城の門を移築したとされ、蟇股や懸魚に繊細な彫刻が成され、随所に葵紋があしらわれており日光東照宮と惣宗寺との歴史的つながりを感じさせる建物である。
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佐野市大橋町2047(郷土博物館)
出流原遺跡(市立出流原小学校付近)は、弥生時代中期前半を代表する遺跡として全国的に知られており、昭和39年(1964)の小学校のプール建設に際しての事前調査によって発見された遺跡である。これらの資料は「明治大学調査報告資料」として、明治大学と佐野市教育委員会が折半して所有しており、明治大学所有資料の一部は国の重要文化財となっているが、佐野市所有資料もそれらと遜色のない貴重な考古資料である。
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佐野市犬伏下町2285
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市大橋町2047(郷土博物館)
元文2年(1737)植野の泥月庵(現在の植野小付近)で、中根東里が弟子を教育するために作った学則の版木であり、当時の教育を研究するのに重要な資料となっている。
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佐野市小中町1062
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市山越町345
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市大橋町2047(郷土博物館)
明治23年(1890)安蘇馬車鉄道の完成を祝して、南画家米陽山人が描き当時の安蘇馬車鉄道株式会社副社長に贈ったもので、葛生駅附近を画いたものであり、明治時代初期の秋山川に架かる橋梁や駅舎周辺等の交通機関の様子がよくわかる。
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佐野市天明町2229
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:681
佐野市赤見町3229
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市飛駒町2299
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:682
佐野市出流原町628-1
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市小中町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市大橋町2047(郷土博物館)
加藤欽古は天保元年(1830)京都に生まれ、嘉永4年(1851)、四条派の小田海遷に師事し、海雲・王欽古と号し、この絵は明治13年(1880)、50歳の夏に製作したもので傑作中のひとつである。
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佐野市飛駒町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:684
佐野市葛生西
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:809
佐野市大蔵町2975
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:685
佐野市戸奈良町960
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市吉水町1060
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:686
佐野市大祝町2312
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市出流原町
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:687
佐野市金井上町2237
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:668
佐野市植下町430
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
明和6年(1769)丸山善太郎毎昭、同甚太郎易親によって造成された稲荷鳥居である。
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佐野市赤見町1148
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
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佐野市大橋町2047(郷土博物館)
平成16年度、佐野城跡第17次発掘調査で溝跡から出土した14世紀、中国元時代の龍泉窯系の青磁である。通常、発掘による出土は細かな破片資料がほとんどであるが、この資料は破損がなく、出土状況も明確で、中世の佐野城跡周辺の文化的、経済的な水準を示す代表的な資料である。
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佐野市並木町1185
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:756
佐野市天神町807
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:690
佐野市犬伏下町2285
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:760
佐野市富岡町93
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:691
佐野市犬伏下町2285
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:764
佐野市鐙塚町230-1
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:692
佐野市小中町1062
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:768
佐野市栃本町2348
【指定文化財等】#佐野市指定文化財
id:693
佐野市越名町406
【指定文化財等】#佐野市指定文化財